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第11話  

森岡翔は個室で、世界最高級の料理を味わっていた。

 金持ちって、本当に最高だ。

 以前は夢にも思わなかったような料理を、今では半分食べて半分残している。

 そんな贅沢な食事を楽しんでいると、個室のドアが開いた。

 森岡翔は中村薫が来たと思い、「薫姉さん、一緒に食べないか?」と言った。

 振り返ると、30代半ばの男性が入ってくるところだった。中村薫は最後尾を歩き、その前には40~50代の男性がいた。中村薫以外、二人とも見覚えのない顔だった。

 しかし、中村薫の顔色が悪く、目が少し赤くなっているのを見て、森岡翔は何が起こったのか察しがついた。

 「森岡様、初めまして。私はこちらのオーナーの田中鷹雄と申します。お口に合いますでしょうか?何かご要望がございましたら、何なりとお申し付けください。必ずご満足いただけるよう努めさせていただきます」田中鷹雄は、森岡翔の前に歩み寄り、丁寧に言った。

 彼は森岡翔に非常に興味を持っていた。食事や遊びに20億円もの大金を使えるとは、しかも、こんなに若くて、きっと、大富豪の息子に違いない。知り合っておいて損はないだろう。

 彼はビジネスマンであり、多くの友人がいれば、それだけ多くの道が開ける。金葉ホテルは彼の事業の一つに過ぎず、彼は他にも多くの事業を経営している。もしかしたら、将来、森岡翔や彼の背後にいる一族と協力関係を築けるかもしれない。

 「田中社長、どうも。とても満足しています」

 「それは何よりです。森岡様は江南大学の優秀な学生だと伺っております。若くて素晴らしいですね」田中鷹雄は、少しお世辞気味に言った。

 「ええ。ですが、若くて素晴らしい…なんて、とんでもない。自分の実力は分かっていますから」

 「森岡様は謙遜ですね。江南大学は全国でもトップ5に入る名門校です。入学できるのは、将来、各業界で活躍するエリートばかりです。これは私の名刺です。もし、私に何かできることがございましたら、いつでもお電話してください」

 田中鷹雄は、金色の名刺を一枚、森岡翔に差し出した。

 「田中社長、ちょっとお伺いしたいことがあるんですが…」森岡翔は名刺を受け取りながら言った。

 「何でしょうか、森岡様」

 「このホテル、売っていただけませんか?」

 「え???」田中鷹雄は、予想外の質問に面食らっていた。

 田中鷹雄だけでなく、彼の後ろに立っていた村上洋一と中村薫も唖然としていた。

 「森岡様、ご冗談でしょう?」田中鷹雄は微笑しながら言った。

 「冗談で言っているように見えますか?売っていただけるなら、買います。冗談でも何でもありませんよ」森岡翔は真顔で言った。

 「森岡様、このホテルの建設費用だけで2000億円以上かかっているんですよ?土地代は別です。本当に買うおつもりですか?」

 「もちろんです。売っていただけるなら、値段を提示してください。売らないというなら、結構です」

 田中鷹雄は森岡翔をじっと見つめた。自分より10歳以上も年下のこの若者が、どうも理解できない。20億円をチャージして豪遊するのも驚きだが、今度はホテルを買いたいと言い出すとは?

 数十億円程度の現金なら、持っている人間は少なくなかった。しかし、数千億円の現金を用意できる人間は、そう多くはない。たとえ森岡翔の背後にいる一族が2兆円以上の資産を持っていたとしても、彼にこんな好き勝手させはしないだろう。

 「まさか…あの隠世一族の跡取りか?そうでなければ、こんな真似はできないはずだ」田中鷹雄は心の中で呟いた。

 「森岡様、もし本気で買いたいとおっしゃるのなら、売却できないわけではありません。ただ、他の役員たちと相談する必要があります。このホテルは私一人のものではないので…それと、先に申し上げておきますが、支払いは現金でお願いします」

 「ああ、そうしてください。で、なるべく早く返事をください」森岡翔は、どうでもいいという顔で言った。

 「かしこまりました。では、森岡様、ゆっくりお食事をお楽しみください。後ほど、ご連絡いたします」そう言うと、田中鷹雄は個室を出て行った。

 村上洋一も、彼の後について出て行った。

 中村薫も一緒に出て行こうとしたが、森岡翔に呼び止められた。

 「薫姉さん、ちょっと待って。話があるんだ」

 中村薫は少し考えた後、ここに残ることに決めた。仕事は失っても構わなかったが、森岡翔という大木だけは逃がすわけにはいかない。

 さっき、森岡翔がこのホテルを買収すると言った時、彼女は本当に心臓が止まりそうになった。数千億円、しかも現金で…

 もし、本当に彼がこのホテルを買収したら…ここ2日間の二人の関係を見る限り、彼女をクビにすることはないだろう。もしかしたら、昇進のチャンスもあったかもしれない。

 彼女は今、心から社長がこのホテルを森岡翔に売却することを願っていた。そして、彼が本当に買収できるだけの力を持っていることを…彼女はすでに社長から目をつけられてしまっていた。社長が変わらなければ、仕事を続けられるかどうかさえ分からない。

 田中鷹雄はオフィスに戻ると、スマホを取り出し、ラインを開いた。4人だけのグループチャットにメッセージを送信した。

 「みんな、江城にある金葉ホテルを、誰か買いたいと言っているんだが、売るかどうか、どう思う?」

 すぐに、佐藤光太から返信があった。

 「誰だよ?そんな大金持ち!」

 田中鷹雄:「森岡翔っていう大学生だ。江城で大学に通っているらしい」

 二宮健一:「大学生?田中、騙されてないか?大学生が数千億円のホテルを買えるわけないだろう?」

 佐藤光太:「俺もそう思う!」

 田中鷹雄:「俺がそんな簡単に騙される人間に見えるか?」

 石川俊介:「見える」

 田中鷹雄:「冗談は抜きにして、本当に、売るか売らないか、はっきり言ってくれ。向こうが返事を待ってるんだ」

 佐藤光太:「それは、田中次第だろう。筆頭株主はお前なんだから」

 田中鷹雄:「お前らの持ち株を合わせたら、俺より多くなるだろうが!俺が売ると言っても、お前らが反対したら、売れないんだぞ」

 二宮健一:「本当に買う気なんだ?そいつは何者なんだ?本当に買収できるだけの力があるのか?」

 田中鷹雄:「たぶん大丈夫だろう。昨日、そいつはホテルで会員カードを作って、20億円もチャージして食事をしていたんだ」

 二宮健一:「ってことは、冗談で言ってるわけじゃないんだな。一体、何者なんだ?あんな若さで、そんなに大金を使えるなんて!」

 佐藤光太:「もしかして、噂に聞く隠世一族の跡取りなんじゃないか?石川、お前はどう思う?そういう連中と接触したことあるんだろ?」

 石川俊介:「もし、本当に数千億円もの現金を用意して、金葉ホテルを買収するとなると、ほぼ間違いなく、そいつらだろう。彼らは、まず世間で苦労をさせて鍛え、ある程度の年齢になったら、一族の事業の一部を継がせるんだ」

 田中鷹雄:「ちょっと調べてみるか?」

 石川俊介:「絶対にやめておけ!バレたら、どうやって殺されるか分からないぞ」

 田中鷹雄:「そんなにすごいのか?今は令和の時代だぞ。ちょっと大げさなんじゃないか?」

 石川俊介:「お前は知らないだろうが、あいつらの世界は、お前が思っているよりずっと恐ろしい。機会があれば、そのうち見せてやるよ」

 二宮健一:「俺も前から、噂の隠世一族がどれほどのものか、見てみたかったんだ」

 佐藤光太:「俺も!」

 田中鷹雄:「わかった。で、金葉ホテルは売るのか?売らないのか?」

 石川俊介:「いくらで買うって?」

 田中鷹雄:「向こうは、俺に値段を提示しろと言ってるんだ」

 石川俊介:「二宮と佐藤は?俺はどっちでもいい。お前らが決めてくれ。どうせ、金には困ってないし。もし本当に売却が決まったら、その男に会わせてほしい」

 二宮健一:「3600億円なら売ってもいいと思う。このホテルは、完成までにかかった費用が2400億円くらいだった。この数年で、数百億円は回収できてるし、3600億円で売れば、ほぼ倍の利益になる。ちょうどいいところに、俺が今、いい投資案件を見つけてるんだ。この資金をそっちに投資できる」

 田中鷹雄:「どんな案件だ?」

 二宮健一:「まだ具体的には決まってないけど、詳細が決まったら、また集まって話をしよう」

 佐藤光太:「それでいいんじゃない?田中、とりあえず4000億円って言ってみろよ。もし値切ってきたら、3600億円までなら妥協しろ。それより安く売るなら、売らない方がいい」

 田中鷹雄:「わかった。じゃあ、とりあえず4000億円って提示してみて、そいつがどう言うか試してみる。俺は行くから、後でまた連絡するよ」

 話し合いを終え、田中鷹雄は森岡翔に値段を伝えるために、下の階へと向かうことにした。

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